コラム
ちょっと一息、肩の力を抜いて見て下さい。
三角窓
△多事多難な新世紀スタート
年月の早い流れに、焦りと寂しさを感じる頃になってしまった。月捲りのカレンダーはもうすぐラストの一枚となる。
そろそろ一年の決算書を作り、変動の新世紀のスタートを吟味し、来年への心構えを持たねばならないと思うこの頃である。
9月11日に勃発した米国同時テロ事件は、首謀者と目されるビン・ラディンを追って,アフガンに空爆が地上戦が展開されている。我が国も急遽、テロ対策特別措置法を成立させ自衛隊を派遣しようとしている。
さらに、次ぎのテロとして、郵便物を用いた炭疽菌なる細菌戦にまで発展するに及ぶと、今後益々泥沼化されることばかり連想され、新世紀を明るくスタートさせたいと願っていた世界の人の期待を空しくさせている。
国と国との戦争ではない全く新しい戦いは、どんな終結があるのだろうか。「炭疽菌テロは序章かもしれない」ともささやかれている。また、首謀者を捕まえたから、地上戦で勝ったからといって終りそうもない。
この事件で、今まで知らなかった多くの事を知った。知れば知るほど事件の奥深さと難しさが感じられる。
一方、国内問題はどうだろうか。テレビ・新聞の多くのニュースがテロ事件関連で一杯であるが、いよいよ構造改革の具体策ー不良債権処理・財政再建(特殊法人問題等)ーの結論が迫られている小泉内閣は、正念場を迎え、目の離せないこの頃である。
バブル崩壊から10余年、掛け声だけで一向に良くならない景気。その原因の根源が、好況時体制の改革にあることが一般国民にもようやく分かってきたのだ。従来体制からの発想を押しのけ改革しようとしている小泉首相の人気が相変わらず高いことがそれを物語っている。
果たして、「痛み」の向こうに青空が見えるのは、いつになるのだろうか。
反歌 戦いは局地なれどもテロの影世界を揺する髭の顔もて
公約を守らんとして叱咤する首相に浴びせる旧き代の声
新世紀世界は沈む日出づるはいつにならんか長き夜かも
(小暮 喬記)
2001年11月25日
三角窓
△秋の吟行会―皇居・国会議事堂
私の所属する短歌の同好会で、先日、皇居・国会議事堂へ吟行会を催した。
毎年、全国の会員が集まって歌会を開き、その翌日に吟行会を開催する恒例の行事である。
主催者は周到な下見をし、女性・高齢者に喜んで頂ける計画を立てただけに十分に秋の一日を楽しむことができた。以下に吟行会記として纏めてみた。
皇居には桔梗門から入り、窓明館(休所)にてビデオを見ながら、歩行距離約三キロ・所要時間一時間半の拝観コースの説明を聞く。
拝観の最初は、江戸城本丸の重要遺構である富士見櫓、説明員に石垣の特色を聞き歴史を偲ぶ。
宮殿は新年や天皇誕生日の一般参賀でお馴染みであるが、二万人も集まれる広い中庭から目の当りにすれば、その格調の高いたたずまいに驚かされる。
左に吹上御苑・紅葉山の森をバックにした道潅濠、右に本丸跡を挟んだ蓮池の静かな通りを抜ければ江戸城本丸跡。本丸は、文久三年の火災以降再建されなかった。今は、天守閣の基礎石積みと四万坪もある広々とした芝生の高台から往時を偲ぶよりほかはない。
汐見坂を下って東御苑の静かな通りを歩けば、やがて出口の桔梗門。
午後は、議員会館内食堂で昼食をとり、本会議場、天皇御休所、議会政治の基礎を固めた、伊藤博文、大隈重信、板垣退助の銅像のある中央広間を見学。
好天の秋空の下、日本の中核施設を改めて体感し、東京の普段と違った顔を垣間見て感慨深いものがあった。
反歌 参賀の日旗振りかざし祝いたる人並み浮かぶ宮殿の前
ひたひたと汐寄せいしか東苑(ひがしえん)汐見坂よりビル群眺む
天守閣誇りしときを想いいる旧き石垣広き芝庭(小暮 喬記)
2001年10月25日
三角窓
△庶民の政策論議
秋になれば、来年度の予算要求がまとまり、今年度の補正予算が審議される国会も開かれるので、構造改革の具体的な施策がクローズアップされると、期待していた矢先の米国同時テロ事件である。余りにも大きな事件なので、日本の構造改革論議が霞んでしまうかのようである。
しかし、構造改革の中味の詰めは進展されつつあるようだ。今までと違い迫力のある実行内閣と期待されているので多いに関心を持たざるを得ない。
中でも、次の施策については有力者の正反対の発言がある等、多くの人の頭を混乱させているのではないか。
先ず、小泉内閣の具体的公約の一つである、国債発行を30兆円以内とすることである。
10年間に100兆円もの国債を増発して景気浮揚に注ぎ込んだのに今の地価、株価の値下がりにより総資産は1000兆円以上の目減りをし、なお景気は一向に良くならないどころか悪化するばかりである。
この反省からの改革と思うのに、有力な政治家、評論家で、従前同様の大型補正予算を組むべしとの論陣を展開している人が結構いる。当面の景気刺激ではどうにもならないと言うのに、人気取りか。国債増発による後処理はどう考えているのか、インフレ期待か。何れにしても無責任な発言だと思うが、高まる失業率等の不景気風は、どんな作用をするか分からない。
また、不良債権処理も急ぐべからず。今の経済状況では無理だ。3年以内に処理しようとすればパニックになるという。
いずれも立派な論客の提言、聞くほどにそういう事もあるかという気にもなるが、不良債権の中味の認識の相違が言わせる議論か。痛みを覚悟との触れ込みだがしかし、大型倒産がでると風向きが変わりそうな気配もする。
もう一つ、生活に直接影響しそうな問題として、インフレ目標値の設定という政策論議がある。
デフレからの脱出政策である。小泉総理は否定的のようだが、総理周辺の人でも多いいようだ。高齢者の仲間入りした現在、インフレは何より恐いが。
等など、政策次第で大きく社会が変化しそうな時、市井の経済評論家の議論も活発である。我らが現役のときは、世界をリードする日本だったのに、心配される先行きである。
反歌 公約を無視するがごと議論する政治の風潮 ただ秋の風
本当はいくらあるのか化け物の正体掴めず平行の議論
高齢化社会を無視する政策なり 安きに癒さる民をこそ思え
(小暮 喬記)
2001年9月25日
三角窓
△夏の終わり
6月下旬から続いた猛暑も、参議院選の少し前から若干和らぎ、この暑さが二ヶ月も続いたら暑さ負けしてしまうのではと弱気になっていた矢先なので、ホットした。
以来、関東地方では35度を超す真夏日は殆どないが、全国的に今年の夏は異常の暑さだった様だ。まだ夏は終わったわけではないが終戦記念日を過ぎ、全国高校野球も終わると,蝉の鳴き声も夏の終りを感じさせ、夜になると虫の声は一層秋を呼びよせている。
今年の猛暑を反映させる現象として、身近なことでは、我が家に隣接する道路の街路樹が、枯葉を沢山落し異常な夏を物語っていた。
朝の余裕時間が出来た私は、落ち葉掃きを毎朝の勤めとするようになってしまった。気がついてみれば青々と繁る街路樹が、暑さの一段落した後も毎日沢山の枯れ葉を落とすことを改めて知らされた。そして落ち葉は、風の道を通って運ばれ、いつも決まった処に吹き溜まる事も。
我が家の廻りがその吹き溜まり場所であることを知り、毎朝、色々のことを考えながら竹箒でせっせと掃いている。
心身の調子の良い時には、天から与えられた健康増進の機会だ、有り難くこの思し召しを受けねばと、積極的に行動する。悪い時には、風の道をなんとか変えられないものか。この風向きだと或いはよそへ吹き飛んでいくかもと。そして、今朝は止めとこうと言うことにもなる。
同じ道路沿いの100メートルばかり離れた所の人で、広い範囲にわたって毎朝こまめに掃いている人がいるが、向こう三軒両隣りでは、あまり吹き寄せられてないこともあり、道までの掃き掃除をしている男性は見かけない。
朝早いと、箒の音が気になる人もいるかもと気遣いながらの毎朝ではある。
そして、時には歌人佐藤佐太郎の次ぎの短歌の作意に思いをいたしながら。
「杖ひきて日々遊歩道ゆきし人この 頃見ずと何時人は言 ふ」
反歌 我が家に吹き寄せられし落葉は天の恵みの健康の糧
静かなる朝の道路に落葉掃く修行僧のごとき気を持ち
(小暮 喬記)
2001年8月25日
三角窓
△猛暑の中の参議院選挙
今年は、梅雨も早く明け6月の下旬から30度を超す暑さが続いている。特に選挙公示後は35度を超すような日の連続で、選挙戦の激しさを増幅させているようだ。
小泉内閣の誕生以来、政治が身近になり投票率も大分高くなると予想されている。人気絶頂の小泉総理ではあるが、内部に抱えている従来体質のままの自民党で、国民の多数が期待している聖域なき構造改革が出来るのだろうか。痛みを容認するとの覚悟は本物か。
9月以降に発表される景気の動向や、構造改革の具体化である来年度予算の編成で、与党内での対立が表面化し、政界再編が必死だとの見方が、真実味をもって語られてもいる。
そうだとすると、この選挙では簡単に表面的な政策を判断基準には出来ない。小泉総理の出現で、多くの無党派層が自民党に投票するような世論調査の数字がでているが、この選挙期間中に展開されている論戦を聞いてどう判断するか。
今回は、選挙法の改正で全国区の投票方法が変わり、党と人への両方の投票数が、候補者の当落に影響するので、投票日の直前まで、熱戦が繰り広げられるだろう。政治に関心が向けられだしたこの機会に、候補者は真実を訴えてもらいたい、そして選挙民の良識ある投票を期待したいものだ。
それにしても、この暑さ、歳のせいか余計に身にこたえる。地球温暖化の影響もあるのではないかとも心配させられる。
こんな折り、地球温暖化防止京都会議で議決された、京都議定書の発効に向けての交渉が注目されている。財政赤字ばかりでなく、地球汚染までも子々孫々に残すような政治はなんとか是正してもらいたいものだ。
反歌 言う事に矛盾はないか日曜の政党討論へばりつき聞く
わが業に痛みを迫る改革に何と答える参院選挙
展望のなき先送り続けんか手術はいやと退院せし日
改革の後の暮らしをどう読むか痛みに堪える若さこそ欲 し
(T.K生)
2001年7月25日
三角窓
△バブルの崩壊とデフレーション
バブルの崩壊が地価・株価等の値下がりによって、誰にも分かる社会現象として表面化してから、約10年になるが、地価・株価の値下がりは、まだ終わったと言う事を聞いていない。両価格とも、現在は、ほぼバブル前の価格になっているようだから、これからの(或いはもっと前か)値下がりは、他の要因によるものであろう。
バブルの崩壊は、バブル価格となった物価全てに、同様に現れるものでもないので、価格の値下がりがバブルの崩壊によるものか、或いは他の要因によるものかその現象は分かりにくい。いやバブル時代に値上がりした価格も、バブルによるものかどうかは見極めにくい。
兎に角、値上がり時代に生きてきた者にとって、値下がりは有り難い。衣料品・雑貨、ゴルフのプレー代が大分下がったと聞いて有り難いと思っていたら、この現象はデフレだ。デフレはインフレより質が悪く大変だ。大不況の前兆だと言う事を聞くと、不安にかられる。
デフレーションとは通貨収縮・超過供給で物価が下落し、企業活動が低下する状態をいうと、難しく辞書にあるが、今の物価の値下がりがこれに該当するのだろうか。
建設工事・測量設計等の受注価格が、いわゆるタタキアイ競争によって大分値を下げているようだ。受注件数が少なくなったことが一層拍車をかけているという。こういう事だと値下がりが及ぼす影響の重大さが良く分かる。
何れにしても生活がしやすくなるような、値下がりを期待するのは当然だが、その裏にあるものを見通す目を持ちたい。
構造改革なくして日本の再生はないとの認識のもと、社会は大きく変わろうとしている。改革は痛みを伴うものと言われながらも、これを断行しようとしている小泉内閣に圧倒的な支持が寄せられている。その為デフレ論議は影が薄くなったようだが。
反歌 諸物価の値下がりするを喜べりわが年金の下がるを知らず
値下がりをデフレというかバブルなる価格是正は済まぬと言うに
バブル消え数多値下がりする中でいまなほ高しこれが実力
(T.K生)
2001年6月25日
三角窓
△新世紀改革はどこまで出来る
動きの取れないまま右往左往していた日本丸が、小泉総理の出現で急に動き出した。荒海に打って出ようとしているが、
本気だろうか・・大丈夫だろうか・・皆が固唾を呑んで見守っている。
不人気だった国会中継の視聴率が、人気番組となっているとは・・ 一ケ月前には考えられなかった現象が現れている。
具体的政策が見えない。虚勢を張ってるだけだとの批判に、国会質疑を通じて、段々道筋が見えてきた。
道路財源の配分問題は長年、改革の必要性が叫ばれてきたが既得権益の抵抗にあって、いつも改革派の腰砕けに終わってきた改革必要度の高い代表的案件といわれている。
今回も、塩川財相の発言に、いち早く反対の動きがあったが、小泉総理の歯切れ良い改革断行の発言に、一時は正面きっての反対が封じられたようだ。野党も賛成論を展開している。与党でも特定の派閥を除くとおおむね賛成である。しかし今までの擁護派の動きからは、そう簡単にいくまい。参議院選挙の前に方針を決め、公約としたいと中央突破を目指す政府側。引き伸ばしを図る擁護派の鍔競り合いが始まった。税制の問題、地方と都市の配分関係等々を考えるとそう簡単ではない。
その他、地方交付税等問題視されながらも改革されないで、政治の難しさと諦めがちになっている事柄が積もりに積もっている。それ等が次々に俎上に上げられてくるだろう。多くの人が関心を持つことは当然だ。
まして、痛みを伴う構造改革であれば、何時、どんな形で我が身に降りかかってくるか。その対策に立向かう心の準備が必要である。いずれは避けられない痛みであれば、今度こそ中途半端に終わらせないで、誰もが納得のいく政策を実行してもらいたいものだ。
反歌 かってなき 高支持率なり 遣り場なき暗き社会の長きがゆ えか
今度こそ期待の持てる風の香よ しがらみ超えて吹けよ新風
改革は本物なるか 打ち上げし財源見直し試金石なる
(T・K生)
2001年5月24日
三角窓
△構造改革
バブル崩壊後、何度か地価、株価の下げ止まり或いはある程度の持ち直しを期待した人々も、昨今の状況に完全にその期待を断念させられたのではないか。
かって、世界一の経済力誇っていた日本は、今や十三位ぐらいで数年後は二十位以下にも下がるのではないかといわれている。しかし、その実感もあまり感じられない。不景気・消費の停滞といっても、海外旅行をする人は1700万人と膨らんでいるし、物の豊富になったスーパーの混雑は少しも不景気を感じさせないが。
一方、国の財政赤字は確かに気が遠くなるような額になっていることは確かだ。そして経済指標の数値はことごとく悪化している。この状況の打開策は構造改革を進める外にはない、と構造改革論議が盛んである。
ところが、この構造改革たるやその中味は誠に分かり難い。市場を自由・公正・透明にすることだといわれているが、これでは余りにも抽象的である。アメリカの大統領から直々に促進を迫られ、ようやく突っ込んだ議論を聞くようになった。しかし次ぎの言葉が不良債権の直接処理というさらに分かり難い言葉。解説がついても、それでどうなるの・・
しかし、少しづつ議論も具体的になってきた。
建設産業に従事する650万人の半分は過剰となる。NTT の20万人は5万人が適正規模だという。こんなオーバーなこと本当かいなと耳を傾けると、討論者の議論は深くはならず更なる議論にも進まない。ここが肝心のところなのに。
確かに、血の出る話は難しいのは分かるが、避けては通れない問題なら中途半端に終わらせないで、議論をして欲しい。
構造改革が国際公約であれば、今度こそ先送りは許されない。建設産業が矢面に立たされているからには、行政の、経済社会の今後の動向に目を離せないところである。
反歌 先送り先送りして十年(ととせ)過ぐ再生の策明らかなるに
外圧に寄らねば出来ぬ体質を又もさらすか桜花散る
避け得ざる波とこそ知れしかすがに厳しき言葉うつろに響く
(T・K生)
2001年3月27日
三角窓
△もっと明るいニュースを
「この歳でいいことなんかあるものか、知り合いの訃報だとか病気だとか、やれ不正事件だとか悪いことばかりを聞かされて、全く張り合いがない毎日だよ。」とご機嫌うかがいに帰った私に淋しい顔で話しかけてきた老父母のことを思い出す。両親のその頃の歳になった現在、その心境を改めて思いやるのである。
新世紀はバラ色だ。と期待をこめてスタートを切ったはずなのに、毎日の情報は悪いことばかりである。何と言っても政・官界の不祥事(KSD事件・機密費疑惑)は、日本国内ばかりでなく世界に対しても日本株を大きく下げた暗いニュースだ。財界も不良債権問題に足を取られ、一向に明るさが見えない状態だ。株価の低落は益々将来不安を増幅させる。
また、この歳になると急に友人・知人の訃報や病気の情報が多くなる。
こんな一個人では如何にもならないことの影響でもないだろうが、常識では考えられないような事件がニュースの大部分を占めているこの頃である。最近では、世田谷の一家4人殺人事件や病院での事件等数え上げたらきりがない。毎日が事件・事故等の悪い暗いニュースの連続だ。つい先日には、我が家の近くで一人住まいの老人の殺人事件があり、びっくりするやら恐くもなってきた。
このような事件の多発は、そして暗いニュースの連続はいつ頃からなのだろうか。私の両親がぶつぶついっていた頃も同じような状況だったのだろうか。私が老人の仲間入りをしたから強く感じるようになったのだろうか。色々考えてしまう。
友人とこんな話をしているときに、その友人の言った次ぎの言葉が時々思い出される。
「ニュースの発進が事件・事故に偏っているのではないか。もっと明るいニュースだって沢山あるはずだ。事件・事故の報道の方が発進者としては楽なんだよな。」
全く同調するつもりはないが、そういう事もあるかなという気持ちにもなる。もっと明るい、楽しい、元気の出るようなニュースを期待したいと思うのは私ばかりではないだろう。
笑う門には福来るとか、笑いは良薬とか言われ、狂言、落語が見直されている。しかし実際の社会が、災害・悪・不正の連続ではどうにもしょうがない。
情報化時代に暗いニュースに押しつぶされるような毎日からの脱出方法は、目を耳を閉ざすより外にないのだろうか。
反歌 溢れいる不正・犯罪・事故・事件 輝く世紀と思いおりしに
棒読みの国会質疑を聞かされる民こそあわれ苛立ちつのる
憂き事の多き世なれば落語聞き大き笑いに憂さを晴らさん
2001年2月5日
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