コラム


ちょっと一息、肩の力を抜いて見て下さい。

三角窓

薄れゆく戦争体験                    

 私の戦争体験といっても、私が小学校に入学したのは昭和12年の日支事変(日中戦争の当時の呼称)の勃発した年であるから、,いわゆる銃後の僅かな体験である。戦線は徐々に拡大され、友達の親や兄達に召集令状が来て賑々しく出征していった。子供心にそのような友の顔は輝いて見えまた羨ましくも思った。

 中学に入ってから、農家の長男である私の兄にも召集令状が来た。婚約していた女性と慌ただしく結婚をし、その翌日には入隊してしまった。そして、中国へ派遣される直前に1日帰ってきただけで敗戦となり、しばらくして遺骨箱となって帰ってきた。葬式の時に遺骨箱を開けてみると、中には戦死したときの状況を書いた紙片が一枚あっただけであった。

 遺骨箱にあった書状を兄の師であった相馬御風先生にお見せし、墓石に刻む短歌をいただいた経緯は親からよく聞かされた。

 重き責め果たして帰る路にして花と散りしかからくにの野に  相馬御風

 農家の後継者を失くした我が家では、大学にいっていた次兄を退学させ、兄嫁と結婚させ後継者とした。こういう例はあちこちにあり、わが姉の1人も従兄弟にも何人かいた。

 長兄は二十歳まえから短歌に親しんでいた。戦時下というのに、歌友数人を家に呼んで何かをやっていたことを、かすかに覚えている。私が短歌を始めてから、長兄の詠んだであろう短歌のことなどを知りたいと思ったけれど、その話題はなんとなくタブーとなっていた。義姉にノートが託されていると言う事がなんとなく聞こえた程度である。

 その義姉が今年の春死んでしまった。聞きたかったことはもう聞けない。姉・兄・従兄弟等に聞いたが分らないと言う。

反歌

  幹部への道を拒みて家のため一兵として死したる長兄よ

  戦いに散りにし長兄の作りたる短歌を抱きて死したるか義姉

  戦いに失いしもの数あれど心のいたみに過ぐるものなし

(07年7月号 小暮)


三角窓

△大人の休日−北東北の旅       

 余暇時代に相応しい沢山のメニューが用意され、その宣伝に煩わしさを感じることがあるが、なかには大変利用価値のある企画もあるものだ。

 旅行好きの人ならJRのジパングクラブに入会してその割引運賃の恩恵に預かっている人が多いと思うが、さらに「大人の休日」に入会すると期間限定ではあるが、一日乗り放題6000円とか3日間乗り放題12000円とかで、函館から福井まで行ける等のいろいろな特典が用意されている。

 これを利用して、5月中旬に盛岡に行ってきた。東北地方は仙台に勤務中、駆け巡っただけに懐かしさがある。その上自然の豊かな地へのその実感が最も味わえる新緑の時期なので、まさに心の洗濯ができた。

 メインは2日目のゴルフであったが、着いた日に時間があったので小岩井農場周辺をドライヴした。農場を囲む樹木の新緑の多様さは実に素晴らしく、改めて新緑の魅力に圧倒された。

 宿は。御所湖を一望するつなぎ温泉である。ここからの眺めがまた素晴らしい。水量豊かなダム湖の彼方には濃淡取り混ぜた新緑の里山、その彼方には雪を頂いた岩手山。山と湖の景観が自然に飢えている私の心を復活させる。

 3日目は、この自然をふるさととしてこよなく愛し詠った歌人石川啄木の誕生の地、旧渋民村を訪ねた。記念館には赤い帽子を被った生徒が沢山来ていて、先生の「啄木先生はいまから丁度百年前志を抱いてこの地を離れ26歳で死ぬまでの間に、沢山のふるさとの歌を作った」と説明をうけていた。記念館内にはラジオ深夜便でお馴染みの新井満作曲の「ふるさとの山にむかいて」のメロディーがゆったりと流れていた。

反歌

  五百余の家を湖底に御所の湖観光資源となりて生き生き

  流れゆく雲を仰ぎてゆったりと湯船に憩ふつなぎの露天

  復元の小学校に児童らの赤帽子充ちきしむ廊下は

(07年6月号 小暮)


三角窓

△地域デビュー

 団塊の世代が定年を迎える時期となり、大きな社会問題だと騒がれている。その対策が問題視され、定年延長を含む雇用の延長等の政治・経済的なことは勿論のこと、個人の定年後の生活についてのアドバイスがマスコミを賑わしてもいる。

 その年齢を大分過ぎた私でも非常に参考になることが多い。老後の生活術特に健康講座、老後資金の計画等が事細やかに述べられているのだ。その一つに私が今まであまり関心を持たなかった地域デビューの進めがある。

 20余年も住んでいるのに全くの地域おんちであることに気がついたのは最近のことである。後期高齢者の年代になったことにもよろう。回覧板に、あまり中味のはっきりしない「会」からの勧誘があり、その中の地域情報の交換おしゃべり的な項目が私の目を引いた。

 恐る恐る出席してみた。5年ほど前に、町内で一人暮らしの老人の殺人事件があり、近隣の人を騒がせた。これをきっかけとして地域のコミニケーション不足を痛感した人達の発意で発足した会だと言う。月1回の開催には、常時出席は15人ほどで男性は2・3人ぐらいしかいないそうだ。

 健康体操・健康講座の外お茶を飲みながらのおしゃべりが特徴のようだ。2・3回の出席で町内会への提言的意見があり大いに興味を引いた。しかしこれから常時出席となれば興味本位では済まされない。

 近所の人との交流が殆どない住宅地での生活が定着しているが、老人ばかりの住む事となったときの状況を考えるとぞっとする。しかしわが地域もよくよく見ればもう子供のいない、定年後の老人の住む住宅地となっている。地域の活性化の方策を地域の人達と語れるようにするには、先ず各人が地域デビューを・・・これが個人としても最後のそしてやりがいのある行動かも知れない。地域デビューを真剣に考えるこの頃である。

反歌

  町会に集う人等の顔知らず20余年を住みしというに

  司会者の熱き想いは広がらずほそぼそ続きて5年になるとう

  力まずに参加するべし交流を旨とし楽しき輪を広げんとす

(07年5月号 小暮)


三角窓

長い間コラムを休んでしまった。文章を書くのが苦手な私が一旦休んでしまうとなかなか再起動するのに時間がかかる。新年度をきっかけにして、今までとは変わったものをと考えたがそんなことを考えていると、益々進まない、やはり変わり映えもしないコラムを書くことにする。

△自分史を求めて

 同級会の席で、幹事役の一人が「自分史を作ろう」と出席者に呼びかけたのは昨年のことだった。中学の校長を辞めた後も最近まで社会活動に参加していたという積極派の彼は、大分「自分史」の作成が進んでいたらしい。

 人に言われるまでもなく、私も自分史の効用は分っていたし、いつの日にかはと期するところがあった。そんな或る日、本屋の店先で「自分史年表」という単行本を見つけた。ハードカバーの本を開いてみると、見開きのページが一年分で左にその年の主な出来事が書かれていて、右のページは空欄となっている。ここに自分の歴史を書きなさいということだ。

 自分の生まれた年からページをめくっていくと、簡単な歴史年表が書かれていて、懐かしくなりしばし立ち読みをした。自分の歴史とからめて、その年の事件等を読むと自分の昔が増幅されて蘇り、もっと知りたくなってくる。という事で、これを買い求め座右に置くことになった。そしていつの日かを期待しようと。   

 その本には、1920年から2013年までのページがある。私は1930年の生まれだから、将来のことはともかく、生前の10年の自分史以前の空欄を埋めなければならない。5人の兄・姉の末っ子に生まれた私は聞いておくべきことが沢山ある。

 この話を兄・姉にすると、私の知らない、懐かしい話が一杯聞けて実に面白い。いままでも断片的には聞いてきたが、漫然と聞いていた。先年、大姉を亡くし、また先日、私をよく知る兄嫁の死に直面すると、急に自分探しに興味を覚えた。

反歌

  確かめて振り返り見る過ぎ越しの山に分け入われを探さん

  わが生れし昭和一桁ひも解けば戦の火種満ちし世の中

  ふるさとの22までの8年間支えくれにし兄嫁は逝く

    (07年4月号 小暮)


三角窓

△高齢化社会

 敬老の日が連休にするための日にちとなってから、その役割が軽くなったような気がする。高齢者の層が厚くなり、寝たきり老人、介護老人が社会問題となりだしたので、敬老と言うことよりも老人問題を考える日となってしまったことにもよるだろう。

 現在日本の後期高齢者といわれる75歳以上の人は1208万人(総人口比9,5パーセント)、百歳以上の長寿者が約2万8千人いるそうだ。私の近辺にも90歳前後で矍鑠としている人が何人かいる。私はこれ等の人を怪物といっているのだが、その名に相応しく並外れた日々を過ごしている。本人も死ぬ気がしないと言ってるのを聞くと、かくあるための秘訣の伝授をと尋ねる。日野原重明さんや森光子さんほどの努力はしてないようだが、その言葉は大変参考になる。

 しからば、われもと高齢者に良いとされるものは出来るだけ取り入れることにしている。食物も美味しさよりもどちらが健康的かという観点から選択するようになり、思わず苦笑してしまう。また健康用具もつい買ってしまい部屋のあちこちに散乱している。

 日本での長寿県の第一位は長野県だそうだ。その理由がどうも就業率と関係があるらしい。こんな話を聞いた。ある自治体では、大豆を買い上げることにしたら次第に活性化社会になり、医療費が大分少なくなったと言う。ほんの僅かなことが大きなうねりとなって、明るい社会となる典型的な例だと思う。

 掛金を上げる、自己負担を増やすのも止むを得ないだろうが、こんな例を参考にした施策の競争を期待したいものだ。

反歌

  核家族進みて親の権威なし敬老の日にも子の声聞かず

  格差ある高齢社会 予備軍よ眼をこらし見よ明日なる我を

  医療費のベースアップに反発し我は目覚めき早朝散歩


 〇短歌月記 − ハルピン・長春・瀋陽

   濃く淡き緑の大地眼の下に見つつし想う戦中の夢

  松花江岸辺の公園幾組も流れに和して舞ふ太極拳

  身の丈に余る筆にて公園の路上に漢字を大書する人

  少年も大筆持ちて真剣に路上に大書す身振りさはやか

  夕暮るる車窓につき来る赤き陽を見つつし語る戦中の思ひ

  王宮の部屋をへ巡り傀儡の帝の生き様まつぶさに聞く

  旧軍の本拠でありし建造物古風に堅固に風格のあり

  大戦の原点なりし柳条溝忘るるなかれと記念館の建つ

(06年9月号 小暮)


三角窓

△重苦しき8月

 広島・長崎の原爆の日や終戦の日を抱える8月が近づくと毎年憂鬱になる。特に今年は小泉総理の靖国参拝が注目され、今までより議論のやかましい月となった。そして、戦争犯罪の日本人としてのけじめがされてないことによる混乱が改めて指摘されて、今後の発展が注目された。しかし、その騒がしさも15日を境にそれまでの新聞の動向は波が引いたように消えてしまった。

 私個人としても社会の動向に左右され、特に先月の旧満州旅行を転機に昭和史に興味を持ち、書棚に眠っていた本を引っ張り出すことになった。読むほどに、自分が生きてきた少年時代の年月を歴史として改めて知る。

 昭和戦争?は余りにも大きすぎ、生半可な読書ではとても現在議論されている戦争責任や靖国問題についての考え方は定まらない。

 しかし、議論好きの友と酒飲み話に多いに議論を戦わした。趣味の友達同志では遠慮なく話し合える。そして今までには分からなかったそれぞれの人の考え方の相違が分かり、楽しい時間を過ごした。本屋での立ち読みでも昭和史の本を手にすることが多くなった。

 天候不順な今年の夏は災害が多発し、また子供や肉親同士の犯罪も連鎖反応のように発生し、社会現象も自然現象に影響されたかと思う日々の連続で、私の昭和史への関心も薄くなり読みかけの本はいつ読了するのか・・・

反歌

  神風を信じいし日を思いいる幼き日々の学び舎の庭

  戦後処理米ソ対立に巻き込まれ不十分なりそのつけは今

  8月を歴史の月と位置づけて更に深めよ戦争責任



 〇短歌月記 − 大連・旅順

  大連を恋ふる人らのその気持ちうべなひにつつそぞろの歩み

  水師営ゆかりの棗一隅にやさし陽を浴びさびしく生ふる

  攻防に幾多の犠牲強いし海今静まりて海鳥の舞ふ

  乗らんかと毛布広げて客を呼ぶ二百三高地麓のかごかき

  弾痕のしるき要塞たどり来て攻め難かりし頂に立つ

  巷には漢字広告目につきて気楽に歩く大連市街

  言葉でも身振り手振りも首を振る書きし漢字にやうやくの笑み

  われら言ふ旧満州と当地では偽満州とぞ落差知るべし二〇三高地

(06年8月号 小暮)


三角窓

△思い出の検証ー旧満州旅行

 私が小学校に入学したのは昭和12年である。上級生の引率で約2キロの通学路をぞろぞろと戯れながら喧嘩しながら登校したものだ。引率していた上級生が満蒙開拓団の一員として、満州に行くということを聞いたとき、満州の話題が夢の国の如く語られたことを思い出す。

 それぞれ当時の思い出を満州に寄せている友人同志で、7月下旬に同地を旅した。長春から瀋陽に向かう列車の窓から赤い夕陽が見られたときには、この光景を夢に描きつつ語った幼年の日を思い浮かべ、しばし回想の時を過ごした。

 しかし、観光として訪れた地には、日本軍の侵略的イメージを増幅するものが多く見られ、素直に懐かしがってばかりいられなかった。

 旅順・大連の戦跡は中国にとっては、侵略者同志の戦争の址であったので、私たちは史跡を気楽に見てまわることができたが、長春・瀋陽では日本軍の横暴の現実を見せられ複雑な気持ちであった。

 特に事件の60周年記念として建てられた、瀋陽郊外の「9・18(満州事変勃発の日)歴史博物館」の見学では、現在の日中関係を考える上で必見の場所と思うと同時に友好関係を構築しようとする場合の難しさを痛感させられた。「旧満州」でなく「偽満州」と言ってることを知ることからスタートしないと・・・

 同館で売られている資料を50元で買った。その資料が日本人以外の人には半値の25元だったことを聞き、これを友人Aに話したところ、当然と受け取っていたが、Bはけしからんと憤慨していた。

 違った民族が、これらの溝をどう埋めていくか。相当の時間を必要としよう。

反歌

  中国では偽満州とぞ 懐かしさ抑えて歩く日本人街

  忘れまじ9・18(きゅうてんいちはち) この館は修学旅行のメッカであるらし

  現地にてつぶさに見ればわれかなし軌道修正迫られて帰る


 〇短歌月記

  花散策

  黄の花弁ラッパのごとく空をむくいまぞ聞こゆる百合の楽の音

  なだらかな畑一面に百合の花赤・白・黄色うねり咲きゐる

  池の面に青空映り睡蓮はのどかに咲けりアメンボ遊ぶ

  花菖蒲・あやめ・かきつばた識別の説明書をあらためて見つむ

  菖蒲田の花競ひ咲く間道に色とりどりの日傘も競ふ

  霧けぶる高原リフトに身をゆだねニッコウキスゲの上空をゆく

  登りたる展望台は霧深しキスゲの群落かすか明るし

  霧隠す山と花との景観を写真に偲ぶ高原の小屋

(06年7月号 小暮)


三角窓

△ある新聞販売店の変貌

 大分以前になるが、私に新聞は同一紙を継続して購読しないのが普通だとする時代があった。一ヶ月サービスするからとの販売員の口車に乗せられて、短期間づつ数種の新聞の契約をしてきたのである。

 今でも、新聞販売員が日用品の各種を持ってそのような勧誘をしているところがあるのであろうが、その販売促進費たるや相当の額になるだろうことが想像される。>

 今の住所に移り住んでから、新聞の勧誘員は滅多に来ないので、販売促進費の行方が気になっていた。構造改革で縮減されたのだろうかとも。

 ところが、2・3年前頃からであろうか、新聞販売店が観光バスツアーを始めたのである。お手の物の折込広告で募集するから効率的だ。それに勧誘員が持ちあるっていたタオル等日用品のお土産つきで、単価も安いので好評だ。

 年に20回位やってるようだし、先日はバス3台の規模なので、お客様サービスの範囲をこえて、立派なビジネスだ。

 遠乗りのドライブが億劫になってきた私にとって、庭先からバスに乗っていける新聞販売店のバスツアーは楽しみの一つである。

反歌

  店長の気さくな人柄客にうけ車内明るしジャンケン勝負

  多角的経営感覚うちに秘め客喜ばすたくまし店長

  顧客とのつながり深め逃さざる一石二鳥のサイドビジネス


 〇短歌月記

  伊勢志摩

  品川区に似たる広さの合歓の郷生きる歓び分かち合ふ郷

  厚き雲束の間開き深き空僅か覗かす ほととぎす啼く

  あご湾の夕焼け空が綺麗だと遠回りしてわれを誘ふ

  食材の多きをフルに活用しシェフは誇りぬ伊勢志摩の味

  あざらしはすまし顔して近づきてわが目の前に身を翻す

  珊瑚礁をわが庭として泳ぎゐる色鮮やかな熱帯の魚

  五重塔総身を真珠に輝かせ世界の人を魅了せしとふ

  育まれ選びぬかれし真珠なり永遠に輝け君の身胸に

(06年6月号 小暮)


三角窓

△談合はなくならないか・・・

 昨年のいわゆる道路公団橋梁談合事件以来、成田空港談合・防衛施設庁談合等大型の談合事件が相次いで摘発され、トップニュースを飾ることが多くなった。

 「改正独禁法」により権限を強められた公取委・検察は、談合の根絶を目指してさらなる摘発が行われるだろうと予想されているようだ。

 しかし、多くの人が「談合はなくならない。」と思っているようだし、テレビで堂々と「談合は日本の伝統だ。」と是認している実力政治家の意見も聞いた。

 残念なのは、犯罪行為であるのに、これを是認する人達が言いっ放しであることだ。市井の人ならいざ知らず、テレビで名の通ったような人が、無責任に談合の擁護をしているのは聞くに堪えない。

 談合のしにくいような一般競争入札による契約方法に変えるとの方向が指示され、すでに広範囲に実施されているているようだが、それだけで良いのだろうか。また、今まであまり使われていない一般競争入札による契約方法が、旨く機能するだろうか。

 談合は必要悪だと言う人もいる。これだけ社会に根付いているのを、犯罪と決めつけずに、契約方法で一定の調整(?)を認めるやり方はないのだろうか・・・こんな声は非公式な場では良く出る。しかしそれが公の場で議論されたことは聞いたことはない(議論する価値が無いのか?)。その議論の結論が示されないといつまでも談合是認の風潮は改まらない。業界の力が問われている。

反歌

  摘発をかざし根絶図るとはもぐら叩きに似たるわびしさ

  伝統をふまえし議論声もなし論をつくさず流さるるのみ

  反抗をするすべもなく伝統とう力につぶさるる人こそあわれ


〇花を尋ねて

 咲き頃は如何にと問へば写真にてホームページは詳しく伝ふ

 千年を生きつぐ三春の滝桜支柱十本枝を支ふる

 赤つつじ 紫つつじ 白つつじ 咲き誇る路人群れはゆく

 満開のつつじを映す水の面をかき分け泳ぐ鴨のつがひは

 一つ木は数百畳に蔓のばし数千の房垂らし花咲く

 藤の房垂るるをそっと手にうけてつくづくと見き奥深き色

 大柄な花に力をみなぎらせ牡丹の花は陽に輝けり

 「ああ皐月」晶子歌ひしフランスを偲び眺むるコクリコの花

(06年5月号 小暮)


三角窓

△格差社会のセイフティーネット

 暫らく前までは政治への要望課題の上位は景気の回復だった。現在、どの世論調査でも上位にランクされる政府への要望課題は、格差社会の解消と変わってきた。又小泉内閣の実績評価としても格差社会の問題が大きな話題となっている。

 確かに、経済の諸指数は良くなってきているようだ。しかし経済全般がくつわを並べて良くなることはありえないことから、格差が生ずるのは当然のことながら、これを当然と言われると反発したくなる。そしてその格差を表面化しないようにするのが政治だろうと。

 犯罪の多発・自殺者の増加等が全部、格差社会の現象と言い切れないだろうが、これら社会的犯罪の加害者を上げるとしたら、格差社会を第一に挙げたくなるだろう。

 格差がある社会は当然だ。セイフティーネットの整備がされてないから悪とされるのだ。生涯雇用と年功序列ji人事の制度は日本の伝統でありこれこそそのネットだと言い切る人が登場した。

 つい最近まで、この日本型経営が世界でもてはやされたことは多くの人が知っている。しかしグローバル化の波に呑み込まれてしまった。彼は言う。世界の厳しい競争には従来の日本型経営のままだと生き残れない。経営トップを目指すキャリア組とその他組を分けて、いわゆるたして二で割る方式でいくべきだと。

 格差の有無・是非の議論はさておき、健全な社会への発展のためにはこれらの政策の提言を発展させ、着実に実行させることこそ期待されるのだが。

反歌

   忍びよる社会崩壊勝者をも包まんとして世界は揺るる

   格差ある社会は常と思いしに悪と名ざされ知るその罪深さ

   


〇短歌月歌

   ハワイ旅行

 やうやくに実現したるハワイ旅癒えたる妻と姉妹を連れて

 海上の海を焦がして陽は沈む大海原に海鳥は飛ぶ

 鍋底のごとき火口に煙立つ誰が供へしか木の葉の包み

 大海亀・くじらもときに見ゆといふガイドの声に目をこらしみつ

 観光とはショッピングのこと立ち寄りし店ごと包みは増えてゆくなり

 移民史を語るガイドの声悲し控えめなりきその話ぶり

 さて明日は自由行動 姉妹らの合意はなるか夜の語らひ

 ダイヤモンド・ヘッドを歩みショッピング動き回りし旅の終はりに

(06年4月号 小暮)


三角窓

△ホームページ

  このほど、私の所属する短歌の会「あけび」(東京版)のホームページをたちあげた。

 伝統ある歌会「あけび」には、まだホームページ作成の機運が熟していないところ、私の短歌とパソコンの勉強のため無理にお願いして、試作した次第である。

 私は趣味として短歌・パソコンを始めてから大分たったのに一向に納得できる成果があがらない。それどころか、、最近は物覚えが悪くなり、後退しているようないらだちさえ覚えるようになっていたところ、両趣味の増進に最適な方法だと、有力な助言と支援があり、やってみようと言う気持ちになった。

 このコラムを書いていることでもあり、初めは内容さえ決めればそう難しいこともあるまいと思っていた。またホームページ作成のテキストの簡単に始められるとの宣伝に乗せられ、やってもみないで作成宣言をしてしまった。

 始めてみると、そう簡単ではない。ワードで文章をうつのを若干変形するだけでいいとやってみたら、画面に現れるのはとんでもないものになったり、折角打った文章が何処かにいってしまったりして手に負えない。やはり基礎・枠組みをしっかり作らななければ駄目なんだということがわかる。

 どうにか手取り足取りのサポートをいただいて、簡単なホームページが出来た。これからは我が子を育てるように色々研究して育てることを楽しみとしよう。

因みにそのホームページの「URLは http://www.geocities.jp/akebi_tokyo/ 」 ご意見を頂ければ有難いです。

反歌

  使われずかこち顔なるパソコンは輝ききたりホームページに

  パソコンに縁なき友も多くして話通ぜずホームページの

  わが老いの道づれとして楽しまむ歌とパソコン味深き友


〇短歌月記

  早春散策

  寒さから開放されし人の列畑野に伸びる早春散歩

  柔らかな日差しを浴びて畑の土黒く輝く野菊のこみち

  陽だまりに咲く野の花にカメラ寄せる名前を聞かれ戸惑ふわれは

  春光にキラリと光り宙返り荒川上空ラジコン機飛ぶ

  良き日には富士も見ゆとふ展望台陽は輝くも霞みておぼろ

  吹き上ぐる水きらきらと輝きて裸婦像包む里見公園

  のどかなる畑野に大き障壁は外還道の建設現場

  陽の落ちし歩行者天国人は去り広き道路に紙くずの舞ふ  

(06年3月号 小暮)


三角窓

△富士山麓一周完歩

  昨年3月から1年をかけて富士山麓140キロを歩こうとの呼びかけに応じて歩き出したウォークツアーを計画どうり2月11日に完歩した。

 何年か続ける企画とのことなので2・3年をかけてでもと参加したのであるが、4,5回参加しているうちに意欲が高まり、この月を逃すと完歩が一年先になり歳を考えるとそうものんびりしていられないと言う気持ちになってきた。

 他の行事と重なったのに義理を欠いての参加や大雨を覚悟の参加の日もあり、継続することの大変さがよく分かった。今、その継続の重みやウォークの効果を思いおこし懐かしんでいる。

 参加を決めた段階から、完歩するにはそれなりの体調の維持が必要であると、日々の生活に張りが出てきた事は意外に大きなことであった。

 富士山を360度の方向から眺めてのウォークを期待していたが、実際には好天に恵まれたのは2回のみであまり富士の姿は見られなかった。また一人では到底歩けない樹海の中等のコースを歩いた満足感があるが、舗装路の歩行がかなり多く足裏に土の感覚をもっと味わいたかったことなど、欲張りの気持ちはある。

 思わぬ収穫は、往復のバスで隣席の人に恵まれ楽しく過ごせたことである。定年後の充実した生活をエンジョイしている自信にあふれた人の話、試行錯誤で今後の方向を模索している人の話等はそうは聞けない貴重な話であった。

 主催者は、次の企画として中山道を軽井沢から一年間歩こうと呼びかけている。この一年の充実感を継続するべく、また参加しようと思っている。目標を定めその目標の達成に向かっていく心の緊張が楽しい。

反歌

  毎月のパズルの一片いただくを楽しみとして歩きし一年

  大雨に負けずいでたつわが背なに拍手をおくる妻の横顔

  紺碧の空に富士ケ峯白衣着て一年の歩をねぎらうがごと

 


〇短歌月記

 映画『男たちの大和』

 生き残りし父の遺言果たさんか大和の沈む海の散骨

 海底に大艦のかげおぼろ見ゆ特攻戦艦大和いたまし

 一刻の遅れが運命左右すると檄をとばされ励む訓練

 支援する飛機もなきまま出撃の戦艦大和に三千の兵

 大海に放り出されし艦大和群がる敵機に策なき応戦

 艦めがけ急降下する飛機を追ひ砲座の兵は弾丸(たま)撃ち続く

 おそらくは最後の別れ知りつつも口には出さず母子の会話

 鼓舞されて出でゆく兵は凛々しくも見送る妻子の姿かなしも

(06年2月号 小暮)


三角窓

△健康ライフ

 世界一の長寿国である日本が、医療費の増大に押し潰されてしまうと悲鳴をあげている。

 医療費の負担率の上昇に、個々人も防衛策の研究に関心を持ち始め、これを反映してか健康情報は巷にあふれている。高齢化時代に病院通いの人が多くなり、他人事とは思えなくなったことにもよろう。我等の普段の話題も健康談義が多いい。

 健康の秘訣は生活習慣病の克服にあるようだ。遺伝的に個人の体質は異なるが、検査の数値は厳然として示される。血圧・コレストロール・血糖値等などの数値に無関心の人は少なくなった。

 神経質に検査を受けている友人が、昨年の暮れに私に噛み付いたことがある。

 「生活習慣病に最も悪いと言われている煙草の税率アップが実現するかと、期待をしていたが、今回も一本一円と言う最小の値上げになっちゃった。文明国の半値以下の値段であるとは、健康国を説く資格がない。医療費の縮小を言うならば、先ず健康環境政策の推進だ。」と。

 煙草の煙は吸ってる人よりも、吸った人のはいた煙のほうが害があると聞いた事がある。彼はそれでむきになっていたのであろう。確かに煙草が生活習慣病に与える害は非常に大きいと宣伝されている。値上げにより増えた税を、生活習慣病対策に使ったら、ダブル効果が期待できるのに。葉煙草の生産者にいつまでも気を使ってる時代なのか。

 ストレス克服に大きな役目を持っていることを過少評価するなと、喫煙派の横槍が直ちに放たれた。

反歌

  血圧の赤信号に好きな酒じっとこらえるいじらしき友

  百までも生きむと励む吟友の日々の生き様耳凝らし聞く

  医療費の抑制策を競うべし県別対抗駅伝のごと


〇短歌月記

 年末・年始ー諏訪湖畔

  ゆく年の重大ニュース次々に大写しさる深夜の宴

  多発せしビッグニュースの数々を追へば意外に長き一年

  あと十秒画面は変はり大き文字カウントダウンの声を刻みぬ

  大写しの文字は刻みて三・二・一・零と唱へて喚声の渦

  打ち上げし五色のテープ血に散れば舞台に大きな犬のぬいぐるみ

  湖を渡る冷たき風の顔を刺すナナカマドの実梢に赤し

  歩かむと上社への道尋ぬれば二時間かかると地元の人は

  のどかなる田園コースのその先の車の渋滞 社は近し

                                               

(06年1月号 小暮 記)





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